戦争中にくらべると、警察というものの持っている感じも、随分圭角がとれて来たし、まして、大阪の警察は例えば闇市場の取締り方一つくらべてみても、東京のそれよりもはるかにおとなしいというものの、それでもさすがに何か冷やりとした冷たさは、依然として、失われていない。
まして、豹吉は脛に傷を持つ人間だ。おまけに、これからS署の中でやろうとしていることを考えると、まるで玄関の石段は氷の階段であった。しぜん、固い姿勢になったのだ。
その固い姿勢のまま、石段を登って、扉を押そうとすると、
「やア」
と、声を掛けられた、
「やア、変なところで会いますね」
普通なら驚くところだったが、自分はけっして、驚かないという豹吉だ。つとめて平気な顔をして――いや、むしろ微笑して、つまり、可愛いえくぼを浮かべて、豹吉はそう言った。
声を掛けたのは――小沢だった。
小沢はちょうどS署の扉を押して、出ようとしているところだった。
小沢がなぜS署から出て来たのか。どんな用事で、S署へ来ていたのか――それはしばらく読者の想像に任して置いて、さて――。
「うん。奇遇だね」
小沢も微笑を泛べて、
「――さっきはどうも……」
と、言った。
「いや、こちらこそ……」
中之島公園でのことを想い出して、豹吉は微笑しながら、
「――こんなところで、会おうとは思わなかったよ」
「いや、案外会うんじゃないかと思っていた」
小沢はにやにやしながら、言った。
「えっ……?」
それには答えず、小沢は、
「ところで、君ひとり……?」
「……? ……」
豹吉には小沢のきいていることが、直ぐには判らなかったが、やがて、
「ああ」
と、豹吉流に解釈して、
「――むろん一人です!」
昂然と胸を張って答えた。
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